椨の花の子
帽子を鳴らす




 


職場へ行く前に、公園へ立ち寄った。
昨日までなかった椅子。誰かが忘れちゃったのかなと思って近づいていたら、フェンスの向こうのお家から、がっしりとして背筋の伸びたおじさんが出てきた。湯気のたつカップを持ってこちらへ歩いてくる。
少し緊張して「おはようございます」と挨拶をすると、歩きながらじっとこちらを見て、「ここがえかろうが(ここがいいだろう)」と言い、椅子に座って置いていた本を読み始めた。









 


2022年3月

「あなたにしかできない領域があると思います」

前回の総評を読んだ時は丸一日落ち込んで何もできなかったから、今回も読むのがとても怖かった。その中の一文だった。

この言葉はわたしに向けられただけではなくて、誰もがそうなんだと思う。
誰もが、その人の人生を生きて、その人だけの経験を重ねている。

自分では自分のこと見れないから、外側の光のまぶしさにわたしはつい目が眩みそうになる。でも、これまでの全部がかけがえのないものだと、そう思えた。




 2022年2月






 

息を吸って わたしは微笑む

息を吐いて わたしは静か


ティク・ナット・ハンの言葉に目を瞑る




 2021年12月


早朝、わたしを起こさないようにそっと仕事に出かけていった友達。しばらくぼんやりとして階下に降りると、静まった部屋の机の上に、朝ごはんと手紙が置かれていた。
お茶を淹れながら眺める。この家はとてもきれい。




2021年11月

ある時、からだの中にきれいな湖を生んだ。

ほとりに豊かな葉っぱを持つ大きな木を植えると、やがてその梢で小鳥が休み、足元には木漏れ日があふれて、いつの間にかとりどりの花がそよ風に揺れて咲いていた。

そこでは、今まで出会った好きな人たちが思い思いに寛いでいる。

いつも会う友達も、何年も会えていない大好きな同僚も、もう会えないかもしれない人もいる。

もうひとりぼっちだと思ってどうしようもない気持ちになった時、その人たちの優しい顔を思うと少し安心した。

声を思い出してみたら笑い声で、ちょっと泣いたりもした。

今年の初夏のある日。金色の光を呼吸と一緒にからだの中に取り込んだその日から、誰にも話さない、わたしだけが両手に受け取る微笑みや、やわらかに溶けていくような許しがいくつも訪れた。

それらが一滴ずつ満ちていく時、「わたし」はわたしだけでできているのではなくて、たくさんの「あなた」が含まれていることを知った。

そうか。

からだの中に生んだその場所は、ただの想像上の場所ではなくて、もうすでに「わたし」をつくる一部だったんだね。

あなたがこうしてわたしの中にいてくれるように、わたしも、「ここにいるからね」って笑いかけているよ。




2021年10月

満月の夜

外国に暮らす友達とヨガをした後

一緒に目を瞑って見た海が

同じ瀬戸内海だったと知って嬉しかった




2021年9月


保護してから一晩明けて、また夜が近づく頃には手足を伸ばせるようになってきたみたい。
まだまだ人間が怖いから、少しずつ、少しずつ。












可愛い人 花束抱えて 街灯の下で軽やかにステップ

屋上で寝転んで聴くギターの音色 澄んだ歌声

かたっぽのあし四つ ぴんと伸ばした先に お月様




 2021年7月


喉の奥深く言葉たちは静かに眠ったまま
山の上でひぐらしが鳴くのを聞いた




 2021年6月


この季節になると道端に咲いていることに気づいてはいたけれど、誰もいない野原で初めてゆっくり眺めていたら、やわらかな風がとても似合うお花だと知った。あなたはハルシャギクというんだね。




 

少しだけ先にある道を確かめるように、ゆっくりと歩いて家路につくおばあさんとすれ違った。

手に提げたビニール袋には8等分くらいに切られた薄いスイカがひとつ。

たぶんひとりで食べる分。

角を曲がり細い道へと入っていく後ろ姿を見送る。




 4月





 2021年3月


「会いたい人には必ず会える。決して早過ぎず、遅過ぎもせず」

今日みたいな出会いがあった時、深いところからゆっくりと「ね、ほらね」と笑いかけてくれるように浮かんでくる言葉。10年以上前に読んだこの言葉を、わたしはずっとどこかで拠り所のひとつにしている。
そしてそれが叶うのは、そこに誰かがいてくれるから。
遠くで、近くで、思いを寄せてくれる人たちがいて、またあたらしくつながっていく。




2020年12月

反射的に喉の上から出て行って煙みたいに消えてしまう言葉ではなくて

深い湖に両手を差し入れて静かに掬い上げてくるような

そんな言葉を話せるようになりたい




 

どれだけうれしいか、からだいっぱいに表したり言葉にしたりうまくできなくて、ひとりで泣いてしまう。でも今日は、今の自分と、あの頃からわたしの中にずっといるわたしの、ふたりだった。




2020年10月 




柳の下に寝転んだら
葉先が顔をそうっと撫でてくれた
風にそよいで、指からすり抜けていく葉っぱ





こんな朗らかなお天気みたいに
あなたの今日が、どうかいい日でありますように




 2020年8月





その子が来たらすぐわかるように、広い改札を見渡せる少し離れた場所に立つことにした。

人混みによくよく目を凝らしてわたしが先に見つけよう。そうだ、はじめて目が合う時、わたしの表情が見えるように帽子は脱いでおこう。

大きな掛け時計を見ながら落ち着かずにいるうち、いよいよ二人を乗せた電車の到着時刻になった。少しの間があいて、改札からどっと人が押し出されてくる。

「人見知りだから」と聞いていたその子は、行き交うたくさんの大人たちの間から姿を現して、叔母さんのとなりで小さなからだをとことこ揺らしながら一目散に駆け寄ってきてくれた。

言葉を交わすまでの、その短い時間をしっかりと見届けて。

今日のはじまり。


























































 2020年7月

鞄から顔をのぞかせるお花が、見下ろすとすぐそこで揺れているのがうれしくて、まだ帰りたくなくて遠回り。




2020年4月
今年の桜はひとりで見た。

4月になってからできるだけ電車に乗るのを控えて、近所の公園で自転車を借りて走ったり、以前なら考えつかなかったほど遠くまで歩いたりしていた。

今日はここまで行ってみよう。出発前に地図を見て決めた場所を目指して、たぶん、敢えて何も考えないようにして、ただただ真っ直ぐに進んだ。

そんな道の途中で思いがけず満開の桜が現れる。そのたび近くに寄って見上げていると、会いたい人たちのことや、はっきりと形にすると持ちきれなくなるような気持ちが、それでもゆっくりと浮かんでくるようだった。