2021年7月


喉の奥深く言葉たちは静かに眠ったまま
山の上でひぐらしが鳴くのを聞いた




 2021年6月


この季節になると道端に咲いていることに気づいてはいたけれど、誰もいない野原で初めてゆっくり眺めていたら、やわらかな風がとても似合うお花だと知った。あなたはハルシャギクというんだね。




 

少しだけ先にある道を確かめるように、ゆっくりと歩いて家路につくおばあさんとすれ違った。

手に提げたビニール袋には8等分くらいに切られた薄いスイカがひとつ。

たぶんひとりで食べる分。

角を曲がり細い道へと入っていく後ろ姿を見送る。




 4月





 2021年3月


「会いたい人には必ず会える。決して早過ぎず、遅過ぎもせず」

今日みたいな出会いがあった時、深いところからゆっくりと「ね、ほらね」と笑いかけてくれるように浮かんでくる言葉。10年以上前に読んだこの言葉を、わたしはずっとどこかで拠り所のひとつにしている。
そしてそれが叶うのは、そこに誰かがいてくれるから。
遠くで、近くで、思いを寄せてくれる人たちがいて、またあたらしくつながっていく。




2020年12月

反射的に喉の上から出て行って煙みたいに消えてしまう言葉ではなくて

深い湖に両手を差し入れて静かに掬い上げてくるような

そんな言葉を話せるようになりたい




 

どれだけうれしいか、からだいっぱいに表したり言葉にしたりうまくできなくて、ひとりで泣いてしまう。でも今日は、今の自分と、あの頃からわたしの中にずっといるわたしの、ふたりだった。




2020年10月 




柳の下に寝転んだら
葉先が顔をそうっと撫でてくれた
風にそよいで、指からすり抜けていく葉っぱ





こんな朗らかなお天気みたいに
あなたの今日が、どうかいい日でありますように




 2020年8月





その子が来たらすぐわかるように、広い改札を見渡せる少し離れた場所に立つことにした。

人混みによくよく目を凝らしてわたしが先に見つけよう。そうだ、はじめて目が合う時、わたしの表情が見えるように帽子は脱いでおこう。

大きな掛け時計を見ながら落ち着かずにいるうち、いよいよ二人を乗せた電車の到着時刻になった。少しの間があいて、改札からどっと人が押し出されてくる。

「人見知りだから」と聞いていたその子は、行き交うたくさんの大人たちの間から姿を現して、叔母さんのとなりで小さなからだをとことこ揺らしながら一目散に駆け寄ってきてくれた。

言葉を交わすまでの、その短い時間をしっかりと見届けて。

今日のはじまり。


























































 2020年7月

鞄から顔をのぞかせるお花が、見下ろすとすぐそこで揺れているのがうれしくて、まだ帰りたくなくて遠回り。




2020年4月
今年の桜はひとりで見た。

4月になってからできるだけ電車に乗るのを控えて、近所の公園で自転車を借りて走ったり、以前なら考えつかなかったほど遠くまで歩いたりしていた。

今日はここまで行ってみよう。出発前に地図を見て決めた場所を目指して、たぶん、敢えて何も考えないようにして、ただただ真っ直ぐに進んだ。

そんな道の途中で思いがけず満開の桜が現れる。そのたび近くに寄って見上げていると、会いたい人たちのことや、はっきりと形にすると持ちきれなくなるような気持ちが、それでもゆっくりと浮かんでくるようだった。




2020年3月



あふれるほどの春が来ていた




花束でもなく、紙袋に入っているのでもなく、電車の中で手に野花。

周りにいるほとんどの人がうつむいて小さな画面を見続けている車内で、緑のいのちと、そこにある物語を感じとるように握られた指先に引き込まれてしまった。

しばらくして次の駅に到着すると、その人はすっと立ち上がり、どこまでも前を向いたまま、ホームの人混みに消えていった。

知らない誰かが送っている人生の時間。その束の間。

























自分がどうしてここにいるのか、時々わからなくなって、こんなのわたしだけなのかな、と不思議な気持ちになることがある。

それを誰かに話そうとしても、言葉にしたらほんとうとは違ってしまう気がしてうまく話せない。だから、どうしようもない気持ちになった時、本の言葉を読み返した。

「感情って、悲しむだけの同一の感情で貫くのが深いとは言えず、笑ったり怒ったり忘れたりすることで、自分を守ろうとするんでしょうね。決して消えないものとして育っていく。」

ひとつを感じ続けなくていいし、苦しいものとして排除しなくてもいいし、忘れてもなくならないし、一緒にいてもいいんだと思った。

そうして、うまく表せない気持ちをそのままに、からだのなかに置き場所を作ることにしたら、その気持ちは安心していた。

いていいよ。いてほしい。

わたしに、そう言って欲しかったのかもしれない。




2020年2月

お休みの日、いつもより少し遠くにある、初めての図書館へ。

こぢんまりとした建物。階段を上がってドアを開けると、想像していたよりもたくさんの人で賑わっていた。それぞれに本棚を真剣に眺めている大人たちと子どもたちの姿。

みんなが入り混じって話し声もよく聞こえてくるんだけど、それがふしぎと心地良く感じる場所だなぁって思っていたら、あぁ、小学生の時に通っていた、公民館の2階にあった図書室に似てるんだってわかった。

本を選ぶのも好きだったけど、貸し出してくれてた優しいおばちゃんのことも大好きで、お話ししたくて通っていたっけ。あの景色や気持ち、すごく久しぶりに思い出してみたら、覚えていてうれしくなった。

でも、もし、もう思い出せなくなっていることがあっても、なくなってない。




最終日。観たかった映画を観に行くために、初めて降りた駅から次の駅まで、すこし心細い気持ちを抱えながら急いで歩く道すがら、遠くに浮かぶ色がどんどん近くなって。足が止まった。







2020年1月





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